こんにちは!竹内です。
今回のブログは流れに乗り、自分の学生時代の話を書こうと思います。
大学時代の話だけでは物足りないため、
自分の将来のことを考え始めた高校時代から書こうかなと思います…
【高校時代】
私は桐生高校に在学していました。
親や塾の講師からは前橋高校に行けと耳にタコができるほど言われておりましたが、偏差値ぎりぎりで前橋高校へ行き、ついていけないくらいであれば、桐生高校で上位にいて、推薦で大学に行こう!と訳のわからない自信から桐生高校へ進学しました。
高校生活についてはごく普通の高校生でしたね…
授業受けて、部活して…そんな感じでした。
ただ自分が高校の時にがんばった!と自信を持って言えること。
それは…定期テストです。
推薦で大学に行こう!と入学当初から考えていた私は、評定を上げるため定期テストの勉強に関してはかなり前もって取り組んでいました。
先生から好かれるためには…なんてせこいことも考えていましたね。(笑)
結果としては…
3年間で評定4.8 校内順位も常に一桁でした。(これだけは自慢です。(笑))
努力の甲斐もあって指定校推薦という形で大学に進学することができました。
周りが黙々と勉強している中、12月には合格していたのでかなり周りからはバッシングされましたが…(笑)
でも3年間きちんと努力してきた結果だったので胸をはれました!
もちろん部活も精一杯やってましたよ!
硬式テニス部に所属していて、桐生市では1位だったんですよ(*´▽`*)(笑)
県大会ではボロボロにやられましたが。
以上、
まとまりませんが、こんな高校生活でした!
【大学時代】
振り返って思うことは…
遊んだなーですかね。
東京の中央大学へ進学し、群馬の田舎から大都会へ!
今まで勉強してきた分遊ぶ気満々でした(笑)
そんな軽い気持ちで入学したわけですから、もちろん武井さんのような留学なんてとんでもないです(笑)
授業を受けて、バイトして遊びに行って…
the 大学生!でした。
(遊びに一生懸命だったってことにしてください…)
とにかく遊んでましたね…
もちろん勉強が本分ですから、ゼミに入り、石川県の能登半島再生プロジェクトという
なんか名前だけ見たらすごそうなプロジェクトに参加させていただいたりもしました。
(簡単に言うと、若者が減った能登半島に学生を呼んで、どうしたら若者が戻ってくるかを討論するというものでした。)
他大学の学生たちの考え方が素晴らしすぎて、自分に絶望したのを今でも覚えています。
そんなことがあっても、遊ぶことはやめなかったですけどね(笑)
でも遊んでばかりいられないのも十分理解していました。
3年生の終わりから4年生になったときには就活が始まるんだよなーなんて心の片隅で思っていました。
私の場合、地方出身なのでそのまま東京で就職するのか、地元に戻るのかという選択をしなくてなりません。
(ここの話はまた次回に詳しく話します。)
そのために4年生のときに単位がたくさん残っていては就活どころではないと思い、
単位は3年生ですべて取り切りました。
高校の時の勉強する癖がついていて本当によかったと実感しました…
このような大学生活でしたが、
大学4年間を通じて学んだこと、得たことは数えきれないです。
進学させてくれた母親と祖父には感謝してもしきれないなと思っています。
周りの人からすごい!と言われるようなことはなにもしてきていませんが、
この時があったから今の自分があるんだなと感じています。
今大学生でこれを読んでくれている人がいれば、
大学在学中に勉強面でも遊びでもなんでも、自分の中でこれだ!と思えるようなものが一つでも見つかるような大学生活を送ってほしいと思います。
それだけで大学に進学した意味があるのではないかと思います。
長い上に、中身もあまりありませんが、
以上が私の学生時代です。
次回はこの学生時代の経験をもとに自分の就活の話を書かせていただきます。
こんな学生時代があったからこう考えたのかなんて思っていただければ幸いです。
ありがとうございました。